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虐待7
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    23歳の時、それまで昼間に勤めていた洋服店が店じまいをすることになり、
    ああ、もうそろそろ覚悟を決めて、夜の仕事一本にするかなあ、と思っていた所でした。
    小学校の時に参加していた馬のキャンプ場から、OB会のお知らせが届き、なんとなく参加したところで、一人の男性に恋をして、その人の、一言で、夜の仕事を辞める決心をしました。
    私は初めて母に意見をして、その後、両親は離婚しました。
    私は自分が結婚できるとはとても思っていませんでしたから、一生、母と二人で生きていく、という覚悟を、無意識のうちに決めていたように思います。
     
    それが、今の主人に出会って、まさかの結婚、あっという間に子供を授かり・・・。
    妊娠6か月まで、職場で働いて、退職しました。
    時間が出来て、体調もすこぶる良くて、
    私は、生まれてくる赤ちゃんを想いながら、
    ガーゼの布で、ちくちくと、肌着を縫ったり、鬼門だった編み物で、赤ちゃん用のベストを編んだりしました。
     
    この当時、主人も、私の母親を引き取って、という言い方はおかしいかもしれませんが、一人になった母を生涯面倒をみる覚悟だったと思います。
    母と、私と、主人で一緒に暮らしていました。
    母は、離婚後も会社を父とやっていました、ただ、暮らすところが違うというだけで、以前とあまりかわりませんでした。
    以前ほど、店には出ず、家にいることが多くなっていましたから、
    体も楽になったのでしょう、
    朗らかで、良い母親の事が多かったですが、
    それでも
    「○○さん(夫)は、私の事が好きみたいよ、いやらしい目で私を見てるもの。」
    とか
    「あの人(父)に言われて、お金を振り込みに行ったんだけど、なんか、銀行のATMのカメラが、全部私の方を向いてるみたいなの、もしかして、あの人が何か悪い事してるんじゃないかって、銀行で監視しているんじゃないかしら。」
    など、
    今から思えば、少し常軌を逸した発言がありましたが、
    私には、以前ほど、気になりませんでした。
     
    もう、私は一人じゃない。
    そう、おなかの子供が、教えてくれていたのでしょう。
     
    長男には、この頃から、いつでも、今でも、救われっぱなしです。
     
    今、こうして手作りの夢を持って、幸せな生活を送っているのも、
    この、息子の為に編んだ、肌着が原点にあるからです。
    望んでいながら、どこかで諦めていた自分の家庭を持つことが出来て、
    一応、何不自由なく育ててもらって、
    何故、私は、愛する長男に虐待をしたのか。
     少なくとも、子供を妊娠した私は、とても幸せでした。
    今朝の、散歩の、愛犬です。
    名前を読んで、駆け寄ってくる愛らしい姿・・・こ、こわい?
    | 虐待について | 06:08 | comments(0) | - |
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