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虐待9
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    おはようございます。
    昨日の続きです。
    それから徐々に、私の、息子に向かう気持ちが変わっていきました。
    「きちんと子育てしなくちゃ。」から、
    「この子と、一緒に生きていきたい。」へ。
     
    授乳は、3時間あけて、と病院では言われたけれど、息子を見て、おなかが空いているならいつでも、好きなだけ。
     
    「私はばい菌じゃないんだから。」と、消毒するのもやめました。
     
    急いで、子育てしなくていい。
    私は、私と、この子のペースで、成長していけたらいい。
     
    息子が半年の時、主人が転職をすることになり、とりあえず、主人と息子と私の3人で、引っ越すことになりました。
     
    息子が2歳半になるまで、私は仕事をしていませんでしたから
    (前述した、着物の小物づくりはすでに行っていましたけど)
    ずっと子どもと一緒に過ごすことが出来ました。
     
    一緒に畑に出て、蟻を眺めながら時間を過ごしたり、
    「おぉ、おぉ!」と、何かを見て喜ぶ赤ちゃんと一緒に、
    「おぉ、おぉ!」と、おんなじポーズをして、遊んだりしました。
     
    今思いかえしても、かけがえのない、幸せな時間を過ごしました。
     
    それが、ちょうど息子が一人で歩くようになって、少し言葉もしゃべるようになった頃です。
    嬉しそうに、笑う息子を見て、何かが私の中で、ぴきぴきと音を立てるようになりました。
    庭でとれたきゅうりを持って、幸せそうに笑う息子。
    近所の人からもらったサツマイモを、満面の笑みで私に見せに来る息子。
     
    ある日、ほんの些細な、だれでもするような、ほんの些細ないたずらで、
    私の中の何かがはじけました。
     
    気が付くと、ものすごい勢いで息子を怒鳴りつけていました。
    突然の事に何が起こったのかわからずにいる息子の滑らかな頬に、手を上げようとして、すんでのところでそれは勢いをそいで、軽く触れる程度になったけれど、
    それでも「叩かれた」恐怖を息子に与えるには十分なようでした。
     
    怯えた息子を見て、わけもわからず、私はもっともっと逆上していきました。
     
    これを書いても何の弁解にもならないでしょうけど。
     
    私はその時、もの凄い恐怖に、また子供に手をあげてしまった後悔の念に、さいなまれていたのです。
     
    息子が怯えて、泣き出すと、私は収まるときもありましたし、さらに怒ってどなることもありました。
     
    そしてその後、激しい自己嫌悪に陥るのが常でした。
     
    カッとして、怒鳴る→自己嫌悪に陥るの繰り返し。
     
    出口のないトンネルのように。
     
    もし今時間を戻せるのなら、私は迷わず、あのころに戻りたい。
    戻って、怯える息子を、抱きしめて、耳を塞ぎたい。
    私がそれまで、大切に大切に築いてきた息子との時間。
    出来る事なら、あの時の私を、刺殺してしまいたい。
     
    でも、もう、何を言っても弁解できませんが、今なら、あのころの私のすぐ背後に、
    私の、小さな子供がいるのが視えるんです。
     
    地団駄を踏んで、泣きながら、
    「どうして、この子ばっかり幸せなの。」
    「どうして、私はこんなにさびしいのに。」
     
    それでも、子供の心に遺したであろう傷を、正当化する理由にはなりません。

    JUGEMテーマ:毒親

    | 虐待について | 06:08 | comments(0) | - |
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